叩きあげの英語 017
オーユーベン
数ヶ月たって、そろそろ仕事にもGIにも慣れて来た頃、適当に姿を消してどこかでさぼってくることをおぼえた。「さぼること」を彼らは go back と言っていた。
その留守中何もとくに変わったことがなければ何てことはないが、しかし急に突発的な仕事が出ると大変である。セナーフィーョ(Center Field をGIが発音するとこう聞こえてくる)はどこへ行ったのかという Where is Center Field? の声が食堂中にひびき渡っている。
そんなところへ帰ってくると大変だ。必ずGIの口に出る言葉が、「オーユーベン」であった。言葉としてはさっぱりわからないが、しかし、それを使う状況は、しばらく姿を消したあともどって来た時に限られている。そしてそのとき、もう一人のGIがたまたまそこにいあわせると「ラトリン?」と口をはさんでくる。
ラトリンは latrine とつづり、便所のことである。これは戦場やキャンプ地での土に掘った仮設のものを指すのだが、さすが海軍士官養成の経理学校だけのことはあって、便所も立派な、しかも洋式であった。にもかかわらず彼らはラトリンと呼んでいた。まだ野戦の延長と考えていたらしい。
こういう状況から多分この「オーユーベン」は「どこへ行っていたのか」ということだろうとの判断は容易につく。つまり完了形の Where have you been? である。だから答えは当然「ラトリン」に前置詞の to をつけて I have been to the latrine. であるが、そんなことは私にわかるはずもなく、ただ名詞のラトリンと言えるのみである。