叩きあげの英語 023
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叩きあげの英語 023

 

 

 国電有楽町の駅はそのまわりを焼け跡でとり囲まれていた。日劇に通じる道は土がむき出しになって、それが通行人に踏み固められて黒い地肌の歩道となり、だれも直そうとしない水道の鉛管の継ぎ目から水が数条ほとばしり出て、その道はいつもぬかっていた。

 

 

 生き残った電柱は頭部が黒く焼け焦げていた。その下に戦時中の標語「欲しがりません勝つまでは」と書かれたブリキ板が風に揺られながらも辛うじて電柱にしがみついていた。

 

 

 その下を若い日本女性がGIの腕にぶらさがるようにして無心に通り過ぎて行く。信長の弟の織田有楽斉長益の邸がそこにあったことが地名の由来となったといわれているが、織田氏の目にはこの焼け跡と進駐米兵がどのようにうつったことだろう。

 

 

 そんな有楽町の駅前で私は英会話の本を一冊買った、立売りスタンドからである。今なら想像もつかない、まことに粗悪な、まるでちり紙を集めて本にしたようなひどいしろものだった。見開きの左右ページにそれぞれ日本文と英文が対応してあった。

 

 

「オリユードウイング?」は What are you doing? のことで、なかでも What are you が「オリユー」と聞こえてくるのだから始末が悪い。これに here をつけて「こんな所で何をしているのか」という意味合いであろうことは大体見当がついた。

 

 

 つまりそんな時刻に、いるはずのない場所にいると、決まってこんな質問を受けるところから容易にそういう意味であると判断できるわけだ。