叩き上げの英語 220
私は何の気なしに彼の住所を手帖に書き留めたが、もし私の留学先がそのときわかっていたら、私は思わず大声を上げてそのすばらしい偶然にまたまた感激したことであったろう。
この米国留学のテストは英語しかない。階級は三曹以上の者で、各基地の隊長がすいせんする者一名というのがそのテスト受験者の条件であった。
私の専門は英語である。語学で禄を喰んでいるプロである。そうである以上、私がすいせんを受けるのはよほど人間的に欠陥のない限り当然のことであらねばならなかった。
そしてそれよりもなおいっそうに当然なのはその英語テストに合格することであった。 当然、ということは落ちてはならないということである。
これが本人にとっては最大の重圧となるのである。 もし不運にして落ちたら、それは私の英語力が公的に否定されたことになり、もはや語学専門員としてその職にとどまるわけにはいかず、自衛隊を退職するという覚悟をしなければならなかった。
テスト結果は上位で合格であった。受かった喜びは、これで私の語学員としての名誉はまもられ、自衛隊を退職せずにすんだという喜びとで二倍、三倍にふくれあがった。
KP当時から憧れていたアメリカ行きが十二年後の今、夢ではなく現実となって身近に迫ってきているという実感はさらに興奮を呼び、感激にのどが熱くつまり、心がふるえた。
米国へ留学するものは米軍のMAAG−Jとの取り決めにより全員所定の英語の授業を事前に受けなければならなかった。その授業プログラムから教官の配置に至るまで一切マグジェイが担当した。
奈良の幹部候補生学校がその授業の場であった。 かつてのマグジェイの通訳というプライドがあった私は、ここでも最高の成績をとってやろうと決心した。