叩き上げの英語 164
その後任として新任の憲兵司令官が着任してからというものは俄然あたりが騒がしくなってきた。それまでは隠密裡に調査を進めていたであろうCIDのエイジェントが、急に浮上し、あからさまに行動するようになったのである。
軍服姿の下士官兵もいれば背広姿の男もいる。彼らは上着の内ぶところに常に拳銃を持っているとMPが話してくれた。そんな男たちはきまって目つきが鋭く、
私の今まで知り合ってきたGIたちとはまるで異質の人間のようで、決して油断できない相手だった。
そんな男の一人に私は質問された。ついに私にまで彼らの手が及んできたのである。関係はないと思うが顕微鏡の件は前司令官のお金欲しさを立証することになり、状況証拠としては成立する可能性もある。
彼が何をしたかは噂の域を出ず、だれも確たることは知らなかった。 恐れていたように、エイジェントは顕微鏡の件をついてきた。
さすがに高輪警察の件は知らなかったらしいが、それを売ろうとしたのはいつだったかと日付を聞かれ、不用意に私が胸のポケットから出した手帳は、たちまちエイジェントの手にうつってしまった。
勉強のためと思い、すべて英語で書き留めておいたのが彼にとっては大変に好都合となった。
もっとも、たとえそれが日本語で書いてあったにせよ、だれかに英訳させることは必定であった。
エイジェントはその目付の割には紳士で、言葉は丁重であった。
May we keep this for a while? 「しばらく預からせてもらってよいですか」と聞かれたが、たとえ私が No と言っても、彼らには証拠保全の権利があり、それを振りかざしてくれば、どうしようもない。
私もにこやかに Yes, you may. と言ったのだが、心底では自分の不注意さに腹が立って仕方なかった。