叩き上げの英語 145
私がこれから執務することになるオフィスはタイピスト二人と私を含めて二人の通訳の計四人でいっぱいになってしまう小さな部屋で、MPたちの事務室ととなり合わせていた。
両室を仕切る壁にはドアがあって、いちいち廊下に出なくても往き来ができるようになっていた。そのドアは通訳室側に開くようになっていた。そのドアのMP側には Open carefully, Someone behind. と札がかけられてあった。
それでも私やタイピストはいきおいよく開けられたドアに何回かぶつけられたものである。
ペイン軍曹に案内されてその部屋に入った私は一瞬立ちすくんだ。私は自分の目を疑った。そこにはかたときも私の脳裏からはなれたことのない人がいた。
彼はまぎれもなくKPの私に一言「勉強したまえ」と教えてくれた通訳その人だったのである。
あの日から四年の歳月は流れていたが、彼も私のことがわかったらしく、「よく頑張りましたね」とこれまたひとことである。だが私はいまだかって、こんなに嬉しい挨拶を頂載したことはなかった。
「勉強したまえ」で発奮し、そして今日また彼のねぎらいのことばでそれまでの勉強が結実したことの喜びをしっかりとかみしめることができた。
当時はまだ「翻訳専門」の職種はここにはなく、多くの書類は通訳がその翻訳を担当していた。
特に彼と話し合ったわけではないが、年輩の彼は主としてデスクワーク、二十歳の私は外に出る仕事、というように自然に仕事の分担が決まってしまった。
昼夜を問わず起きる事件に対処するMPも、その若さのゆえにいつでも即応態勢にある私を通訳として同行するのはごく当り前のことと考えていたのである。