叩き上げの英語 118
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叩き上げの英語 118

 

正面の男は、くそ度胸を決めこみ悪びれずに坐っている私に、「あんさんは中野さんですね」と口を切った。「そうです」と答える私は、さすがに声がふるえた。

実は今あんさんがつき合っているスケと手を切ってくれないか、と用件を切り出してきた。 私がつきあっている女性は藤森なにがしであったが、別に手を切る切らないという、そんな関係ではなかったから、私は少し落ち着き、なぜだと問い返した。

「あんさんとつき合われたんじゃ俺の顔が立たねえんだ」と言う彼の顔は立つも立たぬも、最初から横にひしゃげて寝ころがっているような幅広のそれであった。  

わけのわかるようでわからないこの「顔が立たない」はそれだけに英訳はむずかしい、などと考える余裕が出てきた。こんな所に長居は無用である。今後はつき合わないよう努力する、と私も政治家のようにあいまいな返事をして早々にそこを出た。  

I will try not to go with her. という英文が浮かんだので、それを日本語にしたまでであった。「つき合う」は辞書によると associate with〜 と出ているが、彼らGIたちは go with〜 と軽く言っていた。  

どうやらその男、彼女に冷たくあしらわれ、それも私がつきあっているからだと、自分のひしゃげ面を棚に上げての横恋慕だったらしい。 その後、私は一、二回彼女と言葉を交わした程度だったが、彼女もしつっこくつきまとわれたらしく、いつの間にか三沢から姿を消してしまった。