叩き上げの英語 117
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叩き上げの英語 117

こわがって、わざとAPのジープで来た、虎の威を借る狐とは私は思われたくなかったのである。しかしこんなことは英訳できなかったから、ただ No thank you, I will go alone. と言っただけだ。

言いたくともそう作文できないのは何とももどかしい。  飯場の入口には薄暗い裸電球がひとつぶら下がっていた。寒々と広い土間の土は黒く、中央部が盛り上がって見えたのは、そこだけ光が当たるからなのだろう。

地下たびや歯のちびた下駄が乱雑に脱ぎ捨てられてあった。 ここまで来た以上、度胸を据えてかかる以外どうしようもない。ぴったり七時に着いた私は「ごめん下さい」と声をかけた。

これが武道の道場なら「たのもう」に対して「ど〜れ」と講談師はいうが、ここは飯場のやくざ衆である。何と応答するのかと思ったら、何も言わず、いわゆる若い衆が奥まった方から姿をあらわした。  

招き入れられた私は、十畳ぐらいの広さの部屋に通された。案内の若い衆がうしろ手に障子を閉める。たてつけが悪いと見えて、力を入れたため、ぴしゃんと大きな音を立てた。見ると正面に座ぶとんを二枚敷いて三十がらみの男がその上に坐っている。

あぐらをかいてはいたが、背すじはきちんと伸ばしていた。 それに向かって正座した私の両側には十人ぐらいの男たちが思い思いの恰好で坐っていた。壁に寄りかかりいぎたなく足を伸ばしている者、片ひじをついて寝そべっている者もいた。

そうかと思うと押入れの中であぐらをかいてこっちを見ているものもいた。たたみがせまいからそんな押入れの中で寝てるらしい様子に私はびっくりした。