叩き上げの英語 113
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叩き上げの英語 113

 

しかし、当時、絶対の権限をほこっていた憲兵隊に刃向かうほど向こう見ずで愚かな労務者はさすがに一人もいなかった。  

APと通訳が来たというだけで彼らは屈服して、農家に弁済した。仕事を失うばかりではなく、三沢地域から追放されてしまうことを彼らは何よりも恐れていた。  

ある日、地下たびにはんてんといったいでたちの男が駅の私のところにやってきた。土曜の昼下がりであった。私はちょうど大林組からの労務者バス申請書を翻訳、タイプしているところだった。  

室内にいる私を彼は窓ガラスに顔をつけるようにしてのぞきこみ、窓を開けろという。立って窓を開くと、冷たい外気がさっと私のほほをなでて入ってきた。  

彼は酒くさい息を遠慮会釈もなく私に吹きかけながら、今夜七時に飯場まで来てくれ、という。主任が話しがあると言っているから必ずくるようにという念の押しようだ。  

私のことを「あんさん」と呼ぶのだが、そんな言い方にも凄味が感じられ、そのしわがれ声が有無を言わせない威圧感をそれに添えていた。

「主任」などという顔ではなく、「うちの親分が会いたい」と言ってくれた方がはるかにその男には似合った。  

何の用かとたずねる私に、彼は「くればわかる」と言い捨てて窓からひじを離し、すたすた歩いて行ってしまった.がに股で、いくらか前かがみとなり肩をいからせ、下から上目使いに物を見るチンピラ特有の、安っぽい意気がりようであった。