叩きあげの英語 061
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叩きあげの英語 061

 

人間が人間を差別すると必ず問題が起こる。この時はその車輛に乗れる人間を区別する技術的な方法に問題があった。


Allied Forces Personnel は連合軍将兵のことで、だから制服を着用している軍人はすぐにそれとわかるので問題はないが、むずかしいのは彼らの家族や同伴者であり、さらには私服を着ている軍人の扱いであった。


RTO内部でもきちんとした規程がなく、とにかく超満員の殺人的ラッシュから進駐軍将兵を保護することが火急であるとの判断から、細部にわたる規程よりもまず専用車が走り出してしまった、というわけである。


各専用車にはそのための国鉄の車掌が一名乗務し、乗ってくる人たちのIDカード(Identification Card) つまり身分証明書をチェックするということになり、とりあえずAGOカード(Army Government Office = 米軍政府事務所発行の証肌書)の所持者ならOKということになった。


だが英語がさっぱりわからない車掌では、ほとんどその用が足せなかった。国鉄内部では速成の英会話クラスを設けていたようだが、May I see your ID card, please? と教えられ、そう暗記したとおり言えても、相手の返答はテキストで丸暗記したとおりに返ってくるはずもなく、とくにその専用車に乗れる資格のない者ほど威丈高に車掌に食ってかかる。


しかも英語でだ。その車掌に限らず相手に反論するにはそれに応じて相手に勝るとも劣らない内容をもつ瞬間的な作文能力と、さらにそれをほとんど同時に口に出す、口の練習の両方が必要である。速成の丸暗記で覚えた、たかだか数個・数十個のパターンで彼らに太刀打ちできるわけがない。