叩きあげの英語 053
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叩きあげの英語 053
2017年09月08日(金)11:53 AM
活気があふれ、英語がとびかっていた。KP、父の工場、それにモータープールなどの経験では到底うかがい知れぬ、いわゆるオフィスらしい雰囲気がここにはあった、英文タイプの音が、それ一台では極めて単調だが、数十台が和すと、一種のハーモニーを作り、それが心地よいリズムとなってあたりにひびく。そんな中、電話のベルの音がけたたましい。
目指す人事の担当者は Personnel Manager とサインのある机に向かい、私に背を向けるようにして立って電話をしていた。
私は待った。イエスかノーか、彼の電話が長引けば、それだけ私への宣告も先になる。知りたい、知りたくない、そんな矛盾した気持が私を支配した。
やがて彼は電話を終え、私の待つ気配に気付いたのだろう、こちらを向いてくれた。そのとたん私は自分の目を疑った。こんな事が本当に起こるものなのだろうか。私の全身はその一瞬総毛立った。
嫌悪すべきときにもこうなるが、しかしこのように信じられないくらいに喜ばしいときにも総毛立つとは今のいままで知らなかった。その人こそまぎれもなく小学校時代の私の担任の先生その人だったのである。
吉良邸打ち入りの四十七士で有名な高輪泉岳寺は坂の途中にある。その坂を昇りつめると、そこは伊皿子である。そこには昔も今も御田小学校がある。すでに今は故人となられたと聞いているが、その小学校で一年から五年まで私が教わった恩師で野沢豊治という先生であった。
昭和十五年、先生が中国に陸軍の宣撫員として渡られて以来の再会であった。私は思わず「先生」と叫んでしまった。正に感無量であった。それっきり次の言葉がでなかった。