叩きあげの英語 035
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叩きあげの英語 035

 

 

先生は言った。「この列の一番うしろの人、この much の比較級と最上級はなんですか」ときびしい質問をするではないか。  

 

まさかと思った私は、うしろをみたがもちろんだれもいない。先生は明らかに私を指しているのだ。とたんに先生の美しい顔が鬼に見えた。私は思わず立ち上がった。  

 

指名されたり名前を呼ばれたりしたときは返事と同時に起立する。それが礼儀だと中学や海軍で教えられていたからそうしたのである。まわりの人たちの目には私の元気な返事と折目正しい起立の動作に、「答えに自信あり」とうつったにちがいない。  

 

私は知らぬ私を恥じたがもう遅い。事は切迫している。とにかく言った。mucher, muchest, とたんに全教室は爆笑のうずと化した。英語流でいうと「私の答えは爆笑によってともなわれた。

 

My wrong answer was followed by laughter in the whole class.」ということになる。よくもまあ抜け抜けと言ったものである。正解はもちろん more, most なのに。返事の態度がよかっただけにこの失敗はさらに増幅され、よけいにおかしかったということであろう。  

 

多感な少年だった私はその日を最後に二度とそこには足を向けなかった。しかしそのため、私はますます発奮し、神田小川町にあった英和通信社から通信教育を受けることになる。  

 

父と私自身に対して誓った通訳への道は、まだけわしく、遠かった。