叩きあげの英語 034
私の反応も早かった。We have no other battery. 肩をすぼめて両手を前に出す彼ら特有のジェスチャーで、多分、「仕方ないな」と言ったのだろう、彼らは去って行った。
ジープのセルモーターが力強くひびき、一発でエンジンが始動したのがうらやましかった。これが私の英語への本格的なとり組みの始動ともなったというわけである。
私の身体の中ではバッテリーが力強くセルモーターを廻し始めたのである。このできごとで英語に自信がついたというよりも、英語の習得に自信がついたのである。きちんと基礎からもう一度勉強し直したいと思った。
KPのときの年輩の通訳氏の言った「勉強したまえ」が強烈な原動力となって私を熱しはじめた。父に話して会社を定時で退け、千駄ヶ谷にある有名な英語学校に通うことになった。陽光うららかな五月だった。
何か月分かの月謝を払い、やがて授業初日を迎えた。第一時限目のクラスである。先生が入ってこられた、若いきれいな女の人であった。そしていきなり何事か早口で言われた。無論のこと英語でである。さっぱりわからない。
わからないのは当然といわんばかりに、つづけて「どなたかお魚のお弁当を持って来ていませんか。よくにおいますよ」と言った。そういえば、スメルとかフィッシュとかが聞こえたような気がした。
こうして私たち受講生はまず度胆を抜かれた。そんな英文はとても作文できない。思いはみな同じ、しんとした教室は、先生の次の言葉を待った。先生はしかし何も言われず、やおらチョークを一本手にすると黒板に much と大書された。
手慣れた文字である。そしてくるりと私たちの方に振り向くと、前から狙いをつけていたかのように私をずばり指したのである。