叩き上げの英語 228
まわりを見るともうだれもいない。ついさっきまでにぎやかにざわめいていたのに。さっと潮が引いたようだ。一人感慨にふけり、ときの経つのを忘れていたらしい。
トレイを洗い場の傍のカウンターに返しにいった。そばにKPらしいGIがいたので、私は声をかけた。相手はだれでもよく、私はただ話したかっただけである。
自分の喜びは他人にはあずかり知らぬことではあるが、それでも何とかして表現してみたかったのである。 Thank you for the good meal I have just had. That was delicious. 「うまい食事をどうもありがとう。とてもデリシャスだった」と少しおせじもこめて言ったわけだが、meal と I との間に関係代名詞の that を省略している。
Oh, you are welcome, and glad you like it. 「どういたしまして、気に入ってくれて嬉しいです」という返答が彼から返ってきた。
これに勢いを得て、もう少し話しをつづけようかと思ったが、そう言いながらも彼は忙しそうに手を動かしているので、私はそのまま外に出た。
女子寮に迷いこみ、How can you prove it?
私はすっかり忘れていた。私は歌も音痴なら方向も音痴であることを。メスホールから出たまではよかったが、さて左へ行ったものやら右へ行ったものやら。たしか左手でドアを押したのだから右手側から来たにちがいないと私は見当をつけて右折した。
だがその後、どこへ帰ればよいのか皆目見当がつかないのだ。来るときは遅れないようにと夢中であったが、犬のように後を振り返り振り返り道を確認するとか、または自分の部屋のあるビルの番号を覚えるとかすればよかったのにと、いまさら悔んでも後の祭りである。