叩きあげの英語 014
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叩きあげの英語 014

 

 多分彼は It is Kitchen police と言っただろうと今は思えるが、しかしそのときはただ Kitchen policeという単語のみが印象に残っただけである。

 

これは police といっても「警官」のことではなく、米陸軍の用語で、食堂などでの掃除皿洗いの雑役の使役作業(detail)を言う。

 

 おそらく当時はやりのパーカーの万年筆を使ったのだろう、青インクもまだ生々しい司令官のサイン入りの、英語による通門証である。外人の署名も初めて、タイプ文字も初めて、そして英語のパスも初めて、初めてずくしである。

 

そしてこのパスとともに私の英語の勉強はその苛酷な道に向かってスタートを切ったのである。

 

Please open this door.

 

 私たちKPがGIたちの名前をおぼえると平行して彼らも私たちの名前を知ろうとしたが、日本名では呼びづらく、面白半分に私に英訳を求めた。

 

まず私自身の「中野」は Center Field 、山岡は Mountain Hill のようにそのままの直訳である。「西脇」は西の west を浅学ながら south とまちがえたお粗末さもさることながら、「脇」は「そば」だと考えて前置詞の by としたものだ。

 

以後は同氏は West By ならぬ South By と呼ばれる破目になってしまった。

 

 メスホールの横に掃除用具の倉庫があり、鍵がかかっていた。あたりの庭を掃除するおじさんが、歯のたくさん抜けたくぼみにタバコをはさみながら、通訳の青年に向かって言った。